凡庸

週一くらいが目標です。

用意周到なボディタオルのリズムは信心深く。

年末年始は僕の田舎に帰省した。

娘が初めての遠出なので、数日前から何かと気を揉み、なるべく快適に過ごせるようあれこれと支度をしたり渋滞しないよう随分早く出たりもしたけれど、結果的に大人しく過ごしてくれて、なんら心配はなかった。
実家でも、初めこそ慣れない家に不安そうであったが、いろんな人たちが構ってくれ、またマンションと比べ広い部屋はあちこち動き回る練習に丁度いいと見え、楽しそうであった。
両親も祖父母(つまり彼女の祖父母、曾祖父母)も赤ん坊のいる生活に嬉しそうで、代わる代わるやってきては一緒に遊んでくれもした。
気候と生活のリズムが多少変わったこともあり、夜あまり寝なかったため、家内が難儀したようだが、彼女もまた人手が多いことをいいことに随分昼寝をしていたようだった。
年始の雪で帰るのが一日遅れもしたが、概ねいい旅行になったのではないか。

自分が大人になったなあと感じたのは、積極的に仏壇に手を合わせたり、朝から墓参りに向かうようになったことである。
おととしくらいになるのか、母方の祖父と父方の大伯父が死んで以来、信心深くというわけではないが、こうした墓参の機会なんかを、自分の中で有り難がるようになった。
今度の帰省でも、起きたばかりの娘を抱っこひもに挟み、爺さまと雪の中をよちよちと歩きながら、墓参りをした。
雪に覆われ、朝日を反射しきらきらと輝く墓地は、やはりなんだか有り難たいような気もしたのである。
どうしても娘を連れて行きたがるあたりも、オヤジだなあと思う。

どうでもいいのだけれども、浴室の体を洗うスポンジタオルの泡立ちが悪く、今度帰るときには、ぜひ替えを買っていこうと思う。