凡庸

週一くらいが目標です。

カカオをめぐる嘘と慧眼。

 バレンタインに関する話。

 先日、仕事をしていると家内から連絡があった。曰く、「すこぶる体調が悪い、目が回る、しんどい」とのこと。以前にも何度か家内は極端にひどい乗り物酔いみたいな症状が出てぐったりしたことがあり、それではないかとのこと。僕の手持ちの仕事は自分だけで完結させてしまえるものばかりであり、後日また残業すればカバーできる程度のものだったので、周りに声をかけて早退することにした。

 帰ってみると意外と家内は元気で、でも起き上がるとグラグラしていけない。娘はわりと機嫌よさそうに枕もとで動物パズルを外したりはめたりしていた。家内がそんな状態で娘は午前中の間外に出られなかったということで、とりあえず昼食や家内の飲むスポーツドリンクや酔い止めなんかを買いに娘と外に出かけた。

 

 一通り昼食を済ませ、家内はしばらく寝ていれば治まりそうだということだったので、娘を外に連れ出すことにした。何かあれば連絡してもらうことにして、できるなら家から離れていたほうが家内の気も安らぐだろう。

 どこへ行こうかと一瞬考えて、都会へ出ることにした。バレンタインのチョコレートを買うのだ。「一瞬考えて」と言うそばからアレだが、嘘だ。本当は始めからそのつもりだったのだ。そもそもこの日、家内は調子が良ければ娘を連れて都会に出て、かねてから僕がパンフレットにチェックしていたいくつかのチョコレートを買ってきてくれるはずだったのだ。じゃあ代わりに僕が行けば丁度いいじゃないか。

 

 娘は機能的にはもうすっかり歩けるのだけれど、思い通りについてきてくれないので、ベビーカーに乗せてしまうのが楽である。しかし百貨店のバレンタインフェアは混雑必至であり、念のため抱っこ紐を持っていくことにした。考えてもみれば半年近く抱っこ紐をつかってないような気がした、大きくなったな。

 初めて二人で電車に乗って都会に行ったが、大したことはなかった。平日の昼間の鈍行は空いていてベビーカーでも気兼ねがなかったし、娘もおとなしかった。

 百貨店に着いて、案内所でベビーカーを預けられる場所を聞いて、そこでベビーカーと上着を預けて娘を抱っこ紐に収め、バレンタインフェア会場へと向かった。

 

 平日の昼間にも関わらず随分な混雑ぶりで、抱っこ紐を持ってきた自分の慧眼に関心した。これも嘘だ。本当は家内が「抱っこ紐を持っていくがよい」と言ったのだ。いつだって家内は正しい。

 そういうわけで僕は、さも「家内に娘を押し付けられてあまつさえチョコレートまで買って来いって言われて困ってしまったなあ。さて家内に申し付けられたチョコレートはどれかなあ。」という顔をして、家から持ってきたパンフレットを開いた。お目当てのページの耳を折ったのは僕自身なので、やはりこれも嘘だ。

 ただ折角苦労して来たのだからお目当てだけをすいすいと買って帰るのはいかにも味気なく、僕は女性たちに混じって「ちょいと失礼しますよ」とばかりにありとあらゆるチョコレートの試食を堪能した。恥ずかしげもなく、だ。

 うすうす感じてはいたけれど、歳をとるにしたがって「恥ずかしい」と思うポイントがどんどん減っていっているような気がする。しかも、このチョコレートの試食っておっさん化を越えてある意味おばさん化してるのではないだろうか。というか、自分で自分のチョコレートを調達したバレンタインは人生で初だ。やっぱりおばさんになっていっているんじゃないか。

 そもそも平日の昼間に鈍臭い服を着た子連れの男がバレンタインフェアをうろうろしているというのもどうなのか。明らかに不審者であったけれど、そこはうちの娘がそのあまりの愛くるしさで客、店員問わず(特におばちゃん)の警戒心を解いてくれたので助かった。それにしても、もう少し男性もチョコレートを買いやすい雰囲気にしてほしいものだ。

 

 まあ、それはそれとして、うねうねとむずがる娘をなだめながら試食を堪能し、目当てのチョコレートも買って無事に帰途に就いた。帰りもバッチリのチームワークで、難なく電車に乗って帰った。僕と娘は仲良しだ。

 

 チョコレートは手をつけられず、ひんやりした冬の室温で保管されている。都会に行った加減で若干風邪気味になってしまい、いまいち鼻が利かないのだ。これではビターで芳醇なカカオの香りが楽しめない。体調を万全に整えてチョコレートを味わうことにする、家内も楽しみにしている。

 

今週のお題「バレンタインデー」