凡庸

週一くらいが目標です。

飲まなかったお酒を片付ける。

 あちこちに散らかった写真のデータを整理しようと外付けHDDを買ってきた。1年そこそこしか経っていないのに途方もない量になった娘の写真のデータに紛れて、学生のころの写真も出てきた。写真の僕や家内はなんだか幼い顔をしていた。

 

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 当時の一人暮らしの部屋の写真もあった。散々な状態である。

 

 この部屋は大きなお寺とその駐車場と墓所に挟まれた細い路地沿いに建っているアパートの一室で、春になるとお寺のどこからかウグイスの鳴く声が聞こえ、駐車場の真ん中に立っている桜が満開になるのを眺めることができた。夏にはベランダから送り火のうちのいくつかも見えるという風情のあるロケーションだった。

 6畳・キッチン・ユニットバスの狭いながらも居心地のいい、僕の秘密基地であった。寝たいときに寝て、食べたいときに食べて、好きなだけゲームもテレビも、男の自己研鑚にも努めることができた。あまり衛生的だったとはいえないけれどそれなりに洗濯や掃除もしていたつもりだ。

 

 時々友人がお酒やつまみを持ってやってきては色んな話をした。アニメや漫画の話、女の子の話、小説や文学の話、将来の話。明け方が近づくにつれて、一人また一人と床に寝そべったまま眠ってしまい、ちゃんとした状態(つまり布団やベッド)でないと眠れない僕は最後まで起きていて「こいつら早く起きて帰らないかな、そうすればゆっくり眠れるのに…」と思いながら、その辺にある雑誌や小説なんかを眺めていた。

 みんなが帰ったあと、大量の空き缶や飲み残したお酒、飲まなかったお酒をうんざりしながら片づけていた。今となってはみんなが集まってくれていたことが懐かしく、うらやましい。

 

 でも本当は、なにより僕はこの部屋で小説が書きたかった。図書館の文学者たちのように、あるいは他の友人たちのように、僕もこの部屋で小説が書きたかった。芥川龍之介の「餓鬼窟」、『吾輩は猫である』の苦沙弥先生の「臥竜窟」、僕もひそかに自分のこの部屋を「仙福洞」と呼んでいた。恥ずかしいけれどかわいらしくもある思い出だ。

 そうやって「文学」に形ばかりあこがれていたけれど僕には何も書くべきことがなくて、結局ひとつも小説を書くことなく、mixiの日記ばかり書いて大学を卒業し、仙福洞を去った。

 「小説を書く」ことには今でもあこがれはあるけれど、でもやっぱりこれからもたぶん僕は小説を書けないと思う。

 

 たしかこの写真は、来るべき夏に向けていろいろな思い出を残すべく生協で15,000円くらいでデジカメを買って、買ったはいいが特に撮るものもなく仕方ないのでとりあえず撮った部屋の写真だったと思う。

 気まぐれで撮った写真だけれど、自分にとってはとてもいい写真だ。

 

今週のお題「わたしの部屋」