凡庸

週一くらいが目標です。

シミュレーションされた迂回路ではまり込む裏切りのアイスクリーム。

 二次会について考えたい。

 先日職場の歓送迎会が行われ、これは管理職も上司も先輩もみんな参加し、くじ引きで決まったテーブルについてみんなオホホホと言いながらグラスを合わせたり肉を切ったりして、時々転退出する人や新転任の人のあいさつを聞きながらオホホホと笑ったりして、次長の一本締めで和やかに済んだ。問題のない、一次会であった。

 

 二次会について考えたい。

 二次会は難しい。来た当初、右も左もわからない頃にあっちこっちの先輩上司に連れまわされ、ああだこうだとありがたいお話を頂戴しながらすする酒は苦いか酸っぱいかのどちらかで、みなさんお説教をくださるのに忙しいためつまみものが来ても箸をつけず冷えたりぬるくなったりしていく料理をぼんやり眺めながら、終電の乗り換えを頭で何度もシミュレーションしていた。無垢な新人を贄にして、他の人たちは別な店で一杯やっているということがわかったのは、同じような経験を何度かしたあとだった。

 二次会において肝心なのはいかにしてこうした年寄りを撒くかである。いや別に人生の諸先輩方を無闇に煙たがっているわけではない。本当の意味でありがたい話を頂戴し、今の自分の位置や振る舞いの危うさに気付かせていただいたのは一度や二度ではない。きちんとした大人と杯を交わす有意義さはよくわかっているつもりだ。

 だが、いま考えたいのは二次会だ。そういうありがたい話は一次会で頂戴している。きちんとそつなくあつらえられた宴会の席であちこちにあいさつに回る間に、そういういい話には出会っているのだ。二次会はそうはいかない。いかなきちんとした大人も、その多くは二次会に来るころにはどうしようもなくなっている場合が多い。本人は悪くない、悪いのは酒と、言われるがまま追従染みた笑いを浮かべながらおべんちゃらを言って酒を注ぐ僕らだ。でも僕らも仕方ないのだ。同じ職場の誰それの悪口や文句や自分に向く説教が飛び交おうと、それに対して反対意見を述べられようがない。そうした席についたが最後、にやにやしながらテーブルの端のおしぼりをいじくりまわして時間を過ごすしかないのだ。

 だから僕たちは年寄りを撒く。一番いいのはなるべく早く宴席を後にすることだ。誰かにつかまる前に、あるいは誰かに誘ってもらいたそうな年寄りと目が合う前にその場を散開し、しかるのちにランデブーポイントで落ち合うのだ。うかうかしていると会場の出入り口で立ち話しているふりをしつつ若手を待ち伏せている年寄りの餌食だ。

 あるいは会場の構造を頭に叩き込んでおくのもいい。裏の出入り口、迂回路、非常階段で一度客室まで上がってからロビー直通エレベーターに乗るなんていう方法もある。だけれども、すでに人まばらになった会場に気付いた年寄りが先回りしロビーの玄関前で待ち伏せされていたらアウトだ。

 そうしたらできることは一つしかない、目を合わせないようにしつつ向こうが何か口を利く前に「お疲れさまでした!」と通り過ぎるしかない。うまくいけば通過できるかもしれないし駄目なら諦めよう。どうせ目の前で説教を聞かされるか、いないところで評判されるかどちらかだ。

 

 うまく年寄りを撒いたとしよう。一次会の料理は整って上品であったがビールばかりで味気ないし、もうちょっと気の利いたものを自分で選んでつまみたい。何軒かあてがあるからいくつか電話をかけたらどこかには入れるだろう。そう思って落ち合うと妙に人が多い。みんな会場から逃げ出すことに必死でそのあとどうするか考えていないものだから誰かれについて行く、そうするうちに結構な人数に膨れ上がるのだ。

 これもよくない。だいたい6,7人くらいになると二軒目で入れる店はほぼない。10人以上になったらもうおしまいだ。それだけの人数がまとめて入れるのはせいぜいカラオケか安居酒屋だ。かといってじゃあ自分たちはこっちなんで、と置き去りにもできないし、そもそも「自分たち」の線引きも難しい。だいたい、こっちなんで、と行こうとしたところできっと誰も後に続いてはくれず、僕ひとり駅に向かってまっすぐ家に帰るだけだ(一人で飲みに行く勇気はない。週末の夜に一人で飲むのは怖いし、そもそも一人じゃそんなに飲めないから店にも悪い)。

 で、どうなるかというとやっぱり安居酒屋だ。その辺でメニュー札を持ってウロウロチャラチャラしているにーちゃんに「いざかやおさがしっすかー」と声を掛けられるままに連れていかれる安居酒屋だ。

 この手の店で碌なところに入った試しがない。多くは個室居酒屋、と謳っているものの会話は筒抜けで店内は嬌声や罵り声で充満しているから目の前の人と話すにも自然と大声を張り上げ、そうして酷使した喉に隣の部屋から漏れてきた煙草の煙が沁みて大体翌日の喉の調子は良くない、悪くすれば風邪だ。

 大声を張り上げてビールやらチューハイやらを言いつけて、その間まだ半分解凍されていないお通しの枝豆(一人500円)をつまみながら待つ。そうしてやってきた「生」は発泡酒だ。チューハイやレモンサワーはひどいにおいがしてむやみやたらと酸っぱい。カクテルに使われているソーダやジュースは気が抜けてただただ甘いだけだ。これを何倍飲んでも同じ値段だと言われても微塵も得をしない。

 仕方ないから料理を言う。サラダとか刺身とかの生ものは止して、すでに一次会でコース料理が出ているので揚げ物を頼むのも気が向かない。漬物やウインナーを焼いたのを注文する。出てくるのは皿の余白がまぶしいほんの少しの量だ。みんな酒のにおいをごまかすために塩の味がするものをと食べるとあっという間になくなってしまう。それならと、場持ちするポテトフライを頼む。やけに塩気が強くてモソモソするポテトフライだが、このころにはみんなもうどうでもよくなっている。僕がこっそり自分だけ注文したアイスクリームをつついていても、それについてもう誰もなにも言わない。こういう店でも、アイスクリームだけは裏切らない。

 人数が多いので交わされる会話も最大公約数的なみんなが参加できるものだ。すなわち職場の悪口か、下ネタだ。これ以上はもうなにも言うまい。みんなで悪口を重ねたり下品なジョークで笑ったりしながら、河岸を替えるにも腰が重く、そうやってだらだらと終電まで過ごす。

 

 終電を最寄り駅で降りて、僕は家とは反対方向に行く。カラオケ屋に入り、会員証を提示し、一時間でと告げ、カゴを受け取り、ドリンクバーでメロンジュース注ぎ、ようやくきちんとした個室に入る。