凡庸

週一くらいが目標です。

次の段階へテキパキと引っ越しをした。

 夏の間に引っ越しをした。今後家族が増えるのであれば、住んでいる部屋は手狭だろうという判断である。本当は次に引っ越すならマイホームをと思っていたのだけれど、それには周到な下調べ、念入りな準備、粘り強い交渉、潤沢な資金、そしてなによりも大いなる決断力が必要だ。我が家族はその段階に至るほどにはまだ育っていないということで、夢のマイホーム計画は先送られた。

 前の部屋に住む際にいろいろと見せてもらったときに、新婚夫婦が二人で住むには広く、また駅からも遠く、家賃も高いということで却下した物件があった。その後、その時点ではあまり考えてもいなかったかわいい家族が増え、それが育って保育園に行くようになった。偶然、その保育園のほど近くに3人(+αの予定)の家族が住むには丁度良く、家内の新しい職場への交通にも都合がよく、家賃も妥当という物件があった。不動産屋に連絡し、空きがあり次第連絡してほしいと告げたところ、果たして数か月後に空きが出た。そういうわけで我が家は引っ越すことになった。夏の一番暑い時期だった。

 

 引っ越しの日までに少しずつ荷物を段ボールに詰めていった。狭い部屋によくもこれほどにというくらいの荷物があった。いくらか捨てたけれども、どうしようか迷っているうちに引っ越しの日が来てしまい、捨てるかどうしようかを次の部屋に持ち越すことになったものも多い。それらの荷物は、相変わらず新しい部屋に段ボールに詰められたままになっている。

 

 引っ越しは僕も家内も休みをとって平日にやった。朝、娘を保育園に預けて引っ越し屋がくる直前までバタバタと荷造りをした。うちに来てくれた引っ越し屋は3人で、リーダーは若い女性でギャルだった。このギャルが大変テキパキと働いてくれて、重そうな荷物も次々に運び出し、また子分格の若いにいちゃんにもキビキビと的確な指示を与え、我々の荷物はみるみるうちに片付いていった。そうした働きぶりに、連日の荷造りにくたびれていた僕たちも励まされてラストスパートをかけることができた。一通り荷物を積み込み、僕らも引っ越し屋も一時昼休みをすることにした。

 自転車で川を渡って、駅の近くのマクドナルドへ行った。川は何か強烈な悪臭を放っていて、家内が言うにはボラの稚魚が遡上したはいいが暑さのために酸素がなくなるかして大量に死んで悪臭を放っているのだろうということだった。何しろとんでもない臭いだった。臭いといえば朝からの引っ越し作業で僕も家内もシャツがぐっしょりと汗を吸っていたので昼食に出かける前に着替えた。

 マクドナルドでハンバーガーとポテトを食べている間、なんの話をしたかあまり覚えていない。でも期せずして娘のいない二人きりで心置きなく話をしながら何か食べるのは久しぶりで、嬉しいようなすこし照れくさいような気がするというようなことを話したと思う。マクドナルドには引っ越し屋の3人も来ていた。向こうは気付いていない風だったので別にこちらからも声はかけなかった、昼休みには客に会いたくないだろう。ボラの死骸で悪臭を放っている川を渡って帰った。

 

 昼からは新居で荷物の置く場所を指示したり電化製品の設置工事に立ち会ったりするのと、前の部屋の積み残した荷物を積みつつ掃除をするのとで二手に分かれた。僕は前の部屋に向かった。その途中、自分の分と引っ越し屋に飲んでもらう分とでコンビニに寄ってペットボトルのお茶を買った。コンビニを出ると入り口から離れたところにある灰皿のところで引っ越し屋のギャルと若いにいちゃんがタバコを吸っていた。またこちらに気付いていないようだったので、また僕も特に声を掛けずに前の部屋に戻った。それからしばらくして若いにいちゃんがやってきて、残りの荷物をトラックに積み込んだ。トラックで出ていく前にペットボトルを渡した。若いにいちゃんは不器用そうにお礼を言って受け取ってくれた。若いにいちゃんが出て行ったあと、僕も少し掃除をしたりゴミをまとめたりしてから新居へ向かった。

 新居ではすでにいろいろな荷物が積み込まれ、家具がそれらしく配置され、エアコンの取り付け工事が行われていた。リーダーのギャルが丁寧にお茶のお礼を言ってくれた。引っ越し屋に手伝ってもらいながら、残りの家具をそこここに配置してもらったり、服をクローゼットにかけたりした。段ボールもいくつか荷ほどきした。

 一通りやってもらわなくてはいけない部分については終わったので、引っ越し屋には引き上げてもらうことにした。確認書にサインをし、事業所にも確認の電話をして引っ越し屋は引き上げていった。最後までとても気持ちよく我が家の引っ越しを手伝ってくれた。

 

 しばらく新居でくつろいだ。これで終わりではない、まだ山と積まれた段ボールが残っている、いよいよ我々の仕事である、そういうようなことを話しているうちに娘のお迎えの時間になった。

娘は朝に「いってきます」と出ていったところと違うところに「ただいま」と帰ることになる。もし「おうちかえるの」と駄々をこねられたらどうしようと思いながら、保育園に迎えに行き、自転車に乗せ、新居へと向かった。「新しいお家だよ」と部屋に入れると家内が「おかえり」と迎えた。娘は何の疑問もなく、靴を脱ぎ「ただいまー」と中へ入っていった。「○ちゃん、おうち広くなったよー」と声をかけると「ひろいねー、ひろいねー」と嬉しそうにしていた。よかった。どうやら環境が良くなるぶんには気にしないらしい。それにお父さんとお母さんがいれば彼女にとってそれが家である、ということなのかもしれない。

 

 少し新居にも慣れたころ、鍵の引き渡しで前の部屋に上がった。最後にあがった部屋は築年数が古く、天井も低いうえに手狭だった。だけれど日当たりが良く、押入れと和室があり、狭くて古い感じも含めて金のない新婚夫婦の生活が感じられてよかった。ここで娘の人生が始まったのだ、みんなが家族になったのだ。そういう始まりの感じがあった、少し感慨深かった。

鍵の引き渡しを終えて新居に戻るとずいぶん広くなったリビングで、娘がレゴブロックやおままごとセットを広げて家内を相手に色んな遊びをしていた。そういう様子を見ると、すこし大きくなった娘には前の家では少し手狭で、引っ越してよかったなと思った。

 

娘の保育園は近くなった。家内の新しい職場までの交通も便利になった。僕は駅まで20分かけて歩くことになった。