凡庸

週一くらいが目標です。

新婚夫婦の然るべき間合いと出会い。

 ピザが焼けるのを待っている間にスマホで入力をしている。外は暑い。昼ごはんのあとは銀行に用事がある。明日、大学の友人夫婦の結婚式があるので新札がいる。新札は窓口じゃないとおろせないんだっけ?
 結婚式はいい。華やかで美味しい料理が出る。そりゃ家庭のある身分でご祝儀が痛くないと言えば嘘になるけれど、自ら計画立ててああいった華やかな場に行くことはないので、やはり呼んでもらえるのならいい。
 新婚夫婦を祝うのもいいけれど、懐かしい人たちに会えるのも楽しみだ。大学を卒業して10年近くになり、卒業から一度も会っていない人も明日の式に来るそうだ。いまはSNSが発達しているのでそれとなく近況は知っているが、顔を見て話すのはやはりいい。


 今度はクリームソーダを飲みながら涼んでいる。ピザは美味しかった。店の人に教えてもらって上手くナイフとフォークで食べるやり方を聞いた。内側から耳のほうへ向かってくるくると巻いていき、巻いたのを食べやすいサイズに切って食べる、というただそれだけのことなのだけれど、食べやすいし手も汚れない。今度娘に食べさせる時にはこのやり方でいこう。
 でも何となく物足りなくて、いつものように耳のところからつまんで食べたら、これこれ、最初の一口目にたっぷりチーズの食感があって、二口目くらいからトマトソースの酸味がさわやかだ。最後は耳だけになってしまい少し顎が疲れるのだけれど、一口目の贅沢さには替えがたい。結局いつもの食べ方で済ませてしまった。

 

 いま新郎から連絡があった。式の前日だけあってばたばたとしているらしい。二次会のおしまいに新婦に手紙を読むことになっているのだけれど書けたのだろうか。今晩徹夜か、もしくは披露宴と二次会の間に書くんじゃないだろうか。
 家内と結婚する前、離れて暮らしているとき、時々手紙を書いた。そのせいで二次会で僕も手紙を読んだのだけれどお互いはいまいち驚きや感動はなかった。そういえばしばらく家内に手紙を書いていない、今度折りを見て書こう。

 

 この店のクリームソーダはなかなかいい。クリームソーダには僕なりにいくつかポイントがあって、まずソーダはシロップをサイダーで割ったものであること。そこらのメロンソーダの上にアイスクリームをただのせただけでは、一口目、底に沈殿したシロップをストローで吸って喉の奥がひりひりするような甘味を味わうことができない。
 そして上のアイスが適度に柔らかいこと。固すぎるアイスクリームはスプーンで掬おうにもソーダに浮いてくるくる回ってしまい、そうするうちにアイスクリームがすっかりソーダに溶けてしまう。
 そういう理由でいくら掬いやすかろうと、ソフトクリームがのっているのは僕としてはタブーだ。そもそもアイスクリームのあの愛らしい丸っこい形がいいのであって、ソフトクリームのうねうねとしたフォルムはちょっとゴージャスすぎる。はじめのうちはアイスクリーム、サイダー、シロップ、の三層に然るべき間合いが欲しい。クリームソーダは不可逆であるからこそ、その危ういバランスが魅力なのである。
 難しいのは氷だ。溶けた氷がアイスに冷やされてもう一度凍ると独特のシャリ感がアイスにまとわりつく。あれがなかなかいい。アイスクリームのクリーミーさは失われるが最終的に全部混ぜてしまえばソーダ自体がクリーミーさを纏う。ただ難しいというのは、シャリ感を生むにはある程度アイスクリームが冷たくないといけないのだけれどそうすると先述の暑いの掬いやすさと両立しない。どちらを選ぶか好みが分かれるところだ。
 でもそこがクリームソーダのいいところで、アイスクリームが固ければシャリ感が楽しめる。逆にシャリ感が生まれないクリームソーダのアイスクリームは柔らかく掬いやすい。そうやってそのとき出会ったクリームソーダを愛すのだ、クリームソーダだけに。

 

 家に帰ってからもういちどパソコンで見直した。新札は結局手に入らず、新札っぽいお札で勘弁してもらうことにした。クリームソーダのソフトクリームについては以前家内と口論になりかけたのでこれ以上何か言うのはやめておく。なにせ家内はソフトクリーム派だそーだ。