凡庸

週一くらいが目標です。

身の丈に合った気持ちのいい買い物をする。

 ミスドが好きで、好きなチェーン店ランキング心のベストテン第一位なんだけど、食べるタイミングが難しい。おやつとかお茶の時間がベストなんだろうけど、その時間帯は混むしはりきって食べると夕飯に響く。そういうわけで我が家はときどき週末の朝ごはんにミスドへ行く。

 僕は大体なにかしらのチョコレートドーナツとしょっぱいめのパイとカフェオレを注文する。子どもたちは汁そばにハマっていて、二人でひとつでいいでしょと思うんだけど、どうしてもといって一人一杯ずつ注文したりする。それにさらにドーナツやらドリンクやらと注文すると、すっかり家族で3,000円くらいかかったりする。朝ごはんに3,000円だ。サイゼリヤだったらもう少しで夕飯にできてしまう。我が家には分不相応な出費じゃないかとも思う。でも子どもの手前「高いからドリンクは無し」とは言いたくない。たぶん自分がそうだったので、食べたいものを食べたいように食べさせてやりたい。そうやっておおざっぱなお金の使い方をしている。幸い今のところ預金残高を心配することはないので、ひとまずこのくらいの金銭感覚で家計運営していけるんだろう(たぶん妻の経済観念のおかげ)。

 

 こないだの週末もそうやってミスドへ行って、それから近くの家具屋へ行った。子どもたちのベッドを見繕おうと思ったのだ。今のところ、親のどちらかと子ども二人で布団を並べて寝ている。でもいい加減子どもたちも大きいし、そろそろ子供部屋をしつらえてそこで寝てもらわないとねという話を前々から(なんなら一年前から)していた。なんとなく先延ばしにしていたのを、今年から我が家は3rd seasonに突入するのでちょっと話を前に進めたかったのだ。

 それから、我が家の家財道具のほとんどはニトリIKEAに依拠している(いつもお世話になっています)。安くてデザインもよくて便利だ。でもそういうものに少し飽きたというか、なんとなくしんどい気分になっていた。そんな頃、ちょっと前に気まぐれを起こしてその近所の家具屋を冷やかしに行ったところ、いろんな表情をした商品や上手に勧めてくれる店員さんのお話や支払いごたえのある価格になんだかホッと安心して、これから大きな家具を買うときには立ち寄ろうと家族で話していた。

 

 目当てはベッド売り場だったけれど、ワンフロアずつ、ラグの撫で心地を確かめ、ソファのクッション性を比べ、ダイニングテーブルの寸法をなんとなく手で測り、衣装棚の引き出しを開け閉めして家具屋を堪能していった。我が家は家具屋が好きなのだ。

 去年までは子どもたちにはぜひ二段ベッドを購入したかったが、別にスペースがないわけでもなし、考えれば考えるほどおもしろがる以外に二段ベッドにする意味がないので、けっきょく普通のシングルベッドを二台選んだ。次女が広がって寝ころんでみているマットレスの前で、僕たちがああでもないこうでもないと話していると、ススっと店員のおばちゃんが「ベッドをお探しですか」とやってきた。僕たちが「どう選べばいいかわからない」と相談すると、まさに次女が寝転がっているちょっと割高なマットレスを指して「ちょうどお嬢ちゃんが寝てるマットレスなんかは品質も良くて長持ちもしますよ」とおすすめされてしまった。そのあと色々聞いてみるも、我々が当初考えていた予算よりもちょっといいマットレスがいかに良いものかプレゼンされ、そのままの流れでベッドフレームも「これがいまちょうど“ちょっとええやつ”を大きく値下げていていてお得ですよ」と勧められ、好みの色を聞かれ、あれよあれよと店員さんは在庫確認に行ってしまった。僕の「ちょっとええやつ」に弱いところを見透かされてか、妻よりも僕の方にセールスされていたような気がする。

 それにしても、僕たちの相談に対してもうちょっといったら押しつけがましいなと思うその一歩手前くらいの熱量でスラスラと応えてくれる様子はいかにもプロフェッショナルだなと思う。お客がそれほど多くないということもあるかもしれないけれど、チェーン店だったらこれだけ親身に相談に乗ってくれない気がするし、そもそもなんというか、店で扱っている商品に対する知識や愛着みたいなものが接客の様子から感じられた。こういう買い物はなんだかいいなと思う。

 

 とはいえ、多分僕たちはおばちゃんの店員さんに勧められたベッドを買うのだろうと思いつつも、その踏ん切りがつかない。僕たちの決心を待つには、店員さんはちょっとせっかちだったのかもしれない。「ちょっとまだ心の準備ができないので、もう少し相談してみます」と言う僕たちに「いつまであるか分からないのでお早めにね」と笑顔で言い置いて店員さんは去っていった。少しほっとした。

 さて、妻と二人で相談するのだけれど、やっぱりあとは決心ひとつだ。今日はちょっと見るだけのつもりだったから、まさか配送日を決めて支払いまでするのだというところまでいってしまう心構えはできていなかった。だが僕たち夫婦はここで勢いのまま決めてしまい、期日を決定した方が事は進むのだと重々承知している。

 うんうんとうなっていると、別の男性店員さんが声をかけてきたので素直に悩んでるんですと伝えた。そうですよね、ちなみに商品はどちらを?と聞かれたので「先ほど別の女性の店員さんにこちらのマットレスをお勧めしていただいて…」「ああ!これ、私も自分で使ってますよ。品質に比べてお得なんですよね」と、多分これがダメ押しになったのだろう。なんとなく、もう今日ここで支払いまで済ませてしまおうという気になった(名札を見ると店長さんだったのも決め手になったかもしれない)。

 

 あとはベッドフレームだけ同じような値段帯のものから子どもたちに選んでもらい、あれよあれよと購入を済ませてしまった。店長さんには「先ほど相談に乗っていただいた女性の店員さんにもお礼をお伝えください」とだけ付け加えた。働くようになって感じるようになったのだけれど、こういう一言って大事な気がするので。

 ベッド二台で17万円。果たして我が家の身分に相応する寝具なんだろうか。でも届くのは楽しみだ。でも子どもたちがどんどん親から離れて行ってしまうのがちょっと寂しい気もする。

やっぱりたくさんありすぎる

最近に限ったことではないけれど、インターネット、とくにSNSを見ていると大変なことや困ったこと、辛いことが多く流れてきすぎる。そういう事柄について、僕は語るべき言葉を持たないことが多いので何も言えない。かといって何も言わずにヘラヘラと日常の些事を発信するのも無神経で冷血なような気もしてしまう。だから、他人に対するエンパシーを働かせられる人でありたいから、やっぱり何か言わなくてはいけないような気がしてくる。でもやっぱり世の中には言葉を寄せるべきだと思ってしまう事柄が多すぎる。全部気にして一つひとつに言葉を寄せていると、そのうち僕のSNS的人格の全部がそういう悲しいニュースでいっぱいになって、気楽な日常の些事へと切り替えられなくなってしまうかもしれない。かといってそういう悲しみや怒りに連帯できる自分でありたく…。そういうことを考えながらコタツから出られずにいつまでもスマホを見ている。どうすりゃいいのよ。

たくさんありすぎるけど、とにかく大きな力が人々の命を奪うようなことは早くやめてほしい。本当にたくさんありすぎる。パレスチナからウクライナから能登半島から創作の現場から入国管理局から人々がひっそりと暮らすあらゆる部屋からまだまだ僕たちが知ることのできないたくさんいろんな場所から命を奪うなと思っている。やっぱりたくさんありすぎる。どうすりゃいいのか。どうにかしましょうよ。

ってやっぱり我慢できずにインターネットで何かを言った気になってしまう。でも仕方ない、どうにかしたいのよ。

年末年始のブラザーズ

年末年始が好きなのでそのことを書き残しておきたいと思いながら、気付けば1月も終わりに近づいている。早めに書いておこう。

帰省の高速道路は行きも帰りも渋滞せずにすんでよかった。帰りなんて2日の朝早くから出てきたので大阪に着いたのは昼前だった。三が日に働いてもらうのは申し訳ないと言いつつマクドナルドに行って、すっかり平常運転だった。

 

年末年始で個人的に楽しかったのは弟とMtG(マジック・ザ・ギャザリング、カードゲーム)で遊んだことだった。前回帰省した時に小学校の頃に集めていた古いカードが出て来た。それを見ながら二人でああだこうだと話をしていたので、今度は一緒に遊んでもらおうと新しくカードを買っていったのだ。

こういう競技性のあるホビーやゲームは相手を問わず遊んでもらおうとするとすぐに「ガチ」っぽくなってしまい、時間的にも資金的にも能力的にもついていけなくなってしまう。兄弟でぬるい湯加減でやるのがちょうどいい。別に相手に勝ちたいわけではないので、実家で見つけた懐かしいカードや変なカードをデッキに加えて、ふざけながら遊んだ。次女からは「おとうさんたち、兄弟っぽかったな」と言われた。そうそう、僕たちは子どものころわりと仲のいい兄弟だったんだよ、家で一緒にマジックやったりゴエモンやったりしてたんだよ。

 

弟が持ってきた別のカードゲームを子どもたちも交えてやったのもおもしろかった。ルールがちょっと難しいからと、次女は始めは仲間に入れてもらえず僕たち兄弟と長女がやっているのを横で見ていた。そのうちに「わかったから」とカードを引こうとするので、ちょっとお父さんと練習してみようかと二人で試してみたらおおむねルールを理解していて、その練習ゲームの間にも複雑な駆け引きやカードのタイミングも身につけていって驚いた。これは大丈夫そうだと次女も仲間に入れて4人でゲームを始めて盛り上がってきたところに、元旦の地震があった。

先にみんなのスマホが鳴動して、続いて地震がきた。別室で昼寝をしていた妻も呼んで、テレビをつけてしばらく様子を見て、ひとまず今いる地域は大丈夫そうだぞということになったけれど、長女はショックを受けて不安がるのでその辺にあった「こち亀」を与えたら少し落ち着いた。「こち亀」を防災バッグにも入れておこうかな。夜ごろには元気を取り戻して、高い肉のしゃぶしゃぶを長女と次女とでうまいうまいと食べていた。いっぽう僕たちはすっかり高い肉はあまりたくさん食べられないようになっていた。

 

あとは時制が前後するけど、年越しの鐘つきと初もうでに長女もついてきた(次女は年越しそばまでもたなかった)。そのときの道すがらの夜空の星がきれいで見上げながら歩いていると、向こうから歩いてきた若い男の子たちも星を見ながらああだこうだ言っていて、やっぱり星がきれいに見えるとみんなうれしい。長女は夜更かしができてやたらとテンションが高かった。

それ以外だと弟がよく遊んでくれて子どもたちが大喜びだったのがよかった。絵しりとりだとかジェスチャーゲームだとかそういう遊びに付き合ってくれて、子どもたちはいつまでもゲラゲラと笑っていた。

漫画も読んだ。現地のブックオフで妻と長女がはまっている『魔王城でおやすみ』を買ってそれを読んだり、これも弟が持ち込んだ『ダンジョン飯』を読んだりした。

 

のんびりとしながらもぎやかな年末年始だった。

実家では家族そろっていいものをたらふく食べさせてもらった、ありがとう両親。それと何より、本人はくつろいでいると言ってはいたものの夫の実家で四日間は長かったと思う、帰省に付き合ってくれた妻には大変に感謝しています。