凡庸の凡庸(2025.10.03)喜捨、リングフィット貯金、梨
こないだ家族で買い物に行ったら、駐輪場でおばあさんに声をかけられた。すみませんがカートから自転車のかごに買い物袋を積み替えてもらえませんか、ということだったので、いいですよとひょいと積み替えた。買い物袋は全然重くなくて、それでもすみませんありがとうと何度も言われるのでこっちが申し訳なくなるほどだった。いえいえお気になさらず、このカートはうちで使わせてくださいね、とカートをもらってその場を立ち去った。
買い物袋は本当に重たくもなんともなく、こちらの負担は1カロリーもない。それでもあのおばあさんからしたら人に頼りたい程度には苦労なことで、年をとるというのはめでたいけど大変なことだなとつくづく思う。自分の家族も、自分もいずれそうなるのだと思うと、人が人にやさしい世の中だといいなと思う。
それから、次女が「人にいいことすると、なんかいいな」と自分は特に何もしていないけれどいい気分になっていた。なるほど、あのおばあさんのお手伝いをしたことで、こちらはちっとも苦労もせずして、家族みんなが何かいいことをしたなという気分になれたわけで、これは得をしたと言ってもいい。だとすると案外、誰かに何か頼みごとをしてやってもらうということは(もちろん状況にもよるだろうけど)、ほんのり相手にも得をさせているとも言えるかもしれない。仏教の喜捨という考えは、僕は結構好きだ。
最近、リングフィットを再開した。大したことをしているわけではなくて、プランクやスクワットなどのメニューを数種類組み合わせて、ストレッチと合わせて15分くらいのメニューをなんとなくやっている。うそだ。なんとなくというにはちょっとダルいし、しんどい。涼しくなったとはいえうっすら汗をかくので、終わってからもう一度風呂を浴びている。
もちろん理由の一番は健康のためだ。戦争反対健康最高なので、食生活には気を付けたいという気持ちを持っているし、ちょこっとくらいなら運動もしようかなと思う。だけどそれだけではダルいので、自分に餌を用意しながらやっている。その餌とは一回リングフィットをやることで200円貯金をして、そのお金の中からなら罪悪感なくプラモデルを買ってもよいという、リングフィット貯金だ。このおかげでなんとかやれている。
とはいえ、いくら200円たまるといっても、気分によってやりたくない日もあるのでペースはまちまちだった時期もあった。そこで「五日間連続でやったら五日目は特別に300円貯金してもよい」というルールにした。これが自分の気分に絶妙で、とりあえず二日続ければ「せっかく二日やったのだから……」と三日目もやる。すると三日やったのだから、四日やったのだからとなんだかんだ五日間続くようになった。とりあえず五日がんばれば一回休んでもよしと思えると、それなりにがんばれるみたいだ。
しかもリングフィット貯金(ジャムの瓶を流用)に1100円入っているのをみると「もうひとサイクルやって2000円超えたらちょっとしたプラモが買えるな……」と次のサイクルに向かう気が起きる。所詮15分ほどのフィットネスなので、やるまでが一番めんどくさいだけで、とりかかってしまえば結構なんとかなる。どのくらい体に効いているかあまり実感はないけど、やらないよりはましだろう。がんばります。
秋なので梨を剝く。子どもが産まれるまで梨もリンゴも剥きかたがわからなかった。妻に教えてもらいながら、始めのうちは時間がかかりすぎてぬるくなってしまうくらいだった。いまはそれなりにスルスルと剝けるようになった。自分の口に入るのはせいぜい二切れくらいだけれど「梨剝いたよ」と声をかけると家族が寄ってくるので、まあこれはこれでいいかと思う。はたらくとは他者を目指して行われる行為だと何かで読んだけれどわかる気がするなあ。
プラモデルを作る
大人になった今もプラモデルを作るのが好きで、自分でも何が楽しいんだかわからないけど、せっせと作ったり箱を積み上げたりしている。うちはお小遣い制とかそういうシステムはなくて、各々の節度に沿って消費をしている。だから買おうと思えば好き放題できてしまうのだけれど、そうすると今度は信用を失う。信用を失ってしまってはいくらお金を積んでもどうしようもないので、できるだけ、なるべく節度を守ってプラモデルを買っている(つもりだけれど、傍からみれば十分好き放題買っているような気がしてきた)。
子どものころ、どういった経緯でプラモデルを作るようになったかは覚えていない。SD武者ガンダムかミニ四駆のどちらかのはずだけど、どっちが先だったか。いや、もしかすると食玩のロボットが原初の体験かもしれない。「熱血最強ゴウザウラー」とか「太陽の勇者ダ・ガーン」とか。ドリルのついたロボが好きだったなあ。ゾイドとかもあった気がする。母方のじいちゃんに作ってもらったカッコいいドラゴンのゾイドが「ガン・ギャラド」という名前だと知ったのは大人になってからだった。ガン・ギャラド、名前もカッコいいぜ。
でもやっぱりメインで作ってたのはガンダムとミニ四駆だった。当時、ガンプラの手足や武器を組み替えて「改造」といって喜んでいたところへ、友だちの一人がドラゴンガンダムをスプレーで黒く塗って「ブラック・ドラゴンガンダム」を作っていたときはかっこよすぎて頭がどうかなるかと思った。大人になったことだし、僕もいつかブラック・ドラゴンガンダムを作りたいなと思っている。
ミニ四駆は何台作ったかわからない。スーパーアバンテ、ブーメラン・テン、スピンアックス、トライダガーX、プロトセイバーJB……あれ?こんなもんか。大人になってからのほうが作ってるかもしれない。小学生の間はずっとミニ四駆を作っていたつもりだけれど、二年そこそこのことだったような気がしてきた。まあ、ゲームやったりMtG集めたりいろいろ忙しかったもんな。
でも車でどこか出かけるときに、窓の外にタミヤのあのカッコいいマークが描かれた模型屋が見えると、あそこにもミニ四駆とかガンプラが売ってるのか、と密かに胸を躍らせたのを覚えている。
タミヤのマークはずっとかっこよかったけれど、ミニ四駆じゃなくてスケールモデルを初めて作ったのはつい最近だった。だってあれ、単色成型でそのまま作っただけだと地味だし、接着剤つかうしハードルが高かったのだ。
でもインターネットは便利なので、色んな人が作っているその手元を動画で見れたりする。すいすいと手を動かしながらカッコいい作品が出来上がっていくのを見ていると自分にもできるような気がしてくる。それで昨年末、初めてスケールモデルを作った。作ったのは「1/35 イギリスSASジープ」だった。量販店で800円くらいで買えてしまったのもビビった。
スケールモデルを作るのは、ガンプラやミニ四駆のようなスナップフィット、キャラクターモデルを作るのとは全然違う体験だった。
まずやっぱりちょっとめんどくさい。接着してしまうと奥まって塗れないところがあったりするので、作ってる途中で塗装をしなくてはいけなかったりする。塗装も下手くそなので、何度も塗っては乾かして、色をしっかりのせる必要があった。
だから時間がかかる。800円くらいでキットを買って、寝る前にちまちまとやって、1週間くらい楽しめるのだ。ガンプラやミニ四駆なら、よくあるキットなら一晩で組みあがってしまう。もちろんガンプラやミニ四駆もちまちまやるルートもあるけれど、ざっと形になってしまうとそこからモチベーションが上がらない。
それから、接着剤で貼り合わせていく工程はなんとも言えない気持ちよさがある。特に小さいパーツを大きいパーツの面に対して垂直に貼って、ぴたっと固定されるのが気持ちがいい。接着剤で貼り合わせると、一つのパーツ、一つの塊になったような感じがする。これはスナップフィットのキットでは感じられなかった快感だった。
さらにタミヤのMMシリーズにはドライバーなどのフィギュアもついてくる。これを車両の乗せるのもなんだか楽しい。フィギュアも一緒に作ることで、ガンプラと違って車両のスケール感を感じられる。しかもフィギュアたちは色んなポーズや表情をしていて、彼らを無機質なマシンに乗せるてやると、月並みな表現だけれど命が吹き込まれるようだ。そしてもちろん、フィギュアを組み立てるときも接着剤で貼り合わせるのだけれど、衣服のしわがピタッと組み合わさってやっぱり気持ちがいい。
最近、田宮模型の会長と、その弟さんでタミヤマークを作ったデザイナーが相次いでなくなってしまった。丁度去年の今くらいに『田宮模型の仕事』という本を読んで、そのスピリットに震えるほど感動して以来心のどこかでファンだっから残念だ。『田宮模型の仕事』は僕のオールタイムベストのうちの一冊だと思う。プラモデルやミニ四駆に思い入れのない人がどれだけ楽しめるかは正直自身がないけれど、でもおもしろいのでみんな読んでほしい。読んだら、塗らなくてもいいので一緒に簡単なプラモを作りましょう。
凡庸の凡庸(2025.09.20)文フリ・スイミング・歯医者
まだ文フリの話になるんだけど、今週一週間、余韻が抜けずにボーっとしていた。通勤以外にも家で本を読む時間が増えたり、家族にも書くこと読むことについての考えを一方的に話したりしていた。もっと本の話や、読むことと書くことについて誰かと話をしたい。そういう気持ちをフツフツさせながら、仕事とかは結構うわの空みたいな状態だった。
最近のわが家と言えば、子どもたちのデカくなりっぷりに毎日驚いている。特に長女は体格的にはもうすでに小さい大人といった感じで、気持ちはまだ子どもなのでじゃれついてくるのだけれど、自分のことをまだ子猫サイズだと思っている虎にのしかかられているような感じがある。
それに比べると次女はまだ子猫くらいなもので、一日に何回もナルトダンスを踊っている。何かそういう中毒性があるんだろうな。あとずーっと毀滅の刃の話をしている。
うちは僕たちが共働きのうえ実家も近くないから、これまで習い事をさせてやれてなかった。そのうちそのうちと思っている間にそんなふうに長女がデカくなっていくので、成長期には運動をさせなくてはと夏前くらいから姉妹揃ってスイミングに通わせてることになった。
学校の近くに送迎バスが来るので、学校にスイミングバッグを持って行って放課後にバスに乗り込み、バスが学校に帰ってくるころに迎えに行っている。この週に一度の習い事ですら子どもたちはブツクサ言い、宿題も帰って来てから慌ててやり、の状態なので、世の習いごとキッズはどうしてるんだろうと思う。土日は家族一同ダラダラしたりどこで遊んだりしたい派なので、定期的な活動を入れるのはちょっと嫌だな。
あとは……子どもたちの歯の矯正と、自分の虫歯治療とで毎週のように歯医者に行っている。前まで担当してくれていた歯科医が、今思えばあんまり腕が良くなかったんじゃないかと感じているのだけれど、虫歯を直してもらうたびにそこの神経が痛んで、結局神経をとってしまう羽目になっていて、さすがにうんざりして担当を替えてもらった。そうしたらちゃんと話をして聞いてくれるのでありがたい。その分治療はじっくり何回も通院する必要があるんだけど、それならしゃあないかという気分で通っている。
子どもたちの歯列矯正も難しいもんで、目に見えてきれいに並んできたと思ったら新しい歯が難しいところから生えてきてしまったり、まだスペースがなくて歯が足りなかったりする。いまのうちにある程度なんとかなりますようにと、親子ともども辛抱強く通っている状態だ。幸いにも自分は歯並びを気にしたことはないけれど、あまり親に歯の健康を心配されたことがなく、子どものころからあちこち虫歯が多い。「自分の歯はダイヤモンドより高価である」と何かで聞いたことがあるけれど、そうだよなあと思う。
今年の夏はほとんどでかけていない。あまりいい時期に休めなかったのと別件でバタバタ立て込んでいたのと、いろいろあったのだ。それでも日記やカメラロールを見返すと、毎日それなりに楽しそうに過ごしている。この秋はとりあえず一つ、家族の予定が立っている。子どもたちが子どもの間にいろいろしたいもんですね。